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量子のさいころ

解説
 ロシアでは農夫の日常的な語彙が200語を超えることはないなどと言われてきた; 生存の為の日々の戦いをこれだけの数で充分に為し得ているのである。 「歴史」,「文明」,「文化」,「芸術」,「科学」といった言葉は,日々の生活の為に必要とはされていないのだ。 しかしこの様な言葉だけが, 何故地球という惑星の主権者になったのが------豊富な生物学上の種の中の一つにしか過ぎない------人間なのかということを説明できるのだ。 「量子物理学」という言葉の意味するところは,ほとんど全ての人にとって不明瞭なことでしかない; ほんの一部の人だけがその実際の意味を理解しているだけである。

 明らかに,これらのことを知っていなくても,家を建てたり,庭園で草花を栽培したり,子供を育てることができる。 しかしそれにも関わらず,ほとんど大部分の人には,超自然的,神秘的な事への他を圧倒する様な渇望が存在する: 誰もが,子供の頃の憧れや大寺院における沈黙を憶えているものだ。 全ての宗教,芸術そして科学を為したのが,この未知への興味なのである。 最終的には,我々の存在を制御しているのは,これらの抽象的な考え方なのである: 宗教は道徳を支配し,芸術は倫理を形作り,科学は近代における日々の生活の基礎を形成しているのだ。 そして量子力学は,この科学の全体系の中で,最も重要な要素なのである。 量子物理学とその理論の心臓部------量子力学------無しでは, 自然のどの様な実際的かつ深淵な奥底を見透かすことも不可能なのである。 それ無しでは,太陽光線や恒星から来る光の根源,光合成や化学変化を支配する法則, 原子の合成,原子核の構造とその変化を理解することができないのだ。

 量子力学は,二つの世界大戦にはさまれた,短い期間に誕生している。 それ以前のどんな発見よりも------教育を受けた人々ですら,不当にも, 僅かしか知っていないにもかかわらず------文明人の生活を大きく変えてしまった。 量子力学に対する代表的と言っていい見方は, 稲妻や雷に対する前科学時代の人間の態度------理解していないがために,不要に恐れていた------と何かしら類似している。 多くの人々にとって,原子や量子の科学というものは, 原子爆弾の灰とともに撒き散らされ続け, 原子を扱う物理学者はあたかも邪悪な魔法使いのように見られがちであった。 そして------広島・長崎で炸裂した原爆が, 威力は理論上の十分の一でしかなかったのにもかかわらず, 総重量が核分裂物質の数百倍を超えていたためでもあるが------ 長年にわたり核兵器開発競争が続けられてきたことへの苛立ちもあった。 しかしその様な先入観は, 量子力学が無数に有る現代科学の中の一つに過ぎないという捉え方が大きな誤りであるということを人々が理解する妨げとなるので, 的外れなことでもあり残念でもある。

 現在の科学技術時代の口火を切り,知識に関する哲学の劇的とも言える改訂を引き起こし, 国政にそして私たちの生活に大きな影響を与えたのが,量子力学なのである。 量子という概念は,コペルニクスの天動説,ニュートンの法則, そしてファラデイとマックスウェルによる発見の様な, 革命的と言えるものとしか比肩できない程のものなのだ。 今やこれらは人類の文化に属しており,誰もがその基礎的原理だけでも理解しなくてはならなくなっているのだ。



計算機流体力学

解説
 科学としての流体力学の確立とその実際的な応用は,ニュートンの時代より続いている。 流体力学の理論的展開は,各種流体の支配方程式の構成法とその解法,およびこれら方程式の近似法を中心としてきた。

 ニュートン流体の支配方程式,非定常ナビエ・ストークス方程式は150年以上も前から知られている。 しかし,この方程式をより簡潔な式へと展開することは, 平均レイノルズ数を用いたナビエ・ストークス方程式に関する乱流問題として, 今現在も活発に研究されている。 非ニュートン流体,化学反応を伴う流れや2相流れに関しては, まだ理論的展開が始まったばかりである。

 実験流体力学は,支配方程式に対する各種近似を確認したりその限界を決める場合に重要な役割を果してきた。 実験装置の一つである風洞は,現実の流れのシミューレーションに対して効果的な役割を果してきた。 かって風洞によるシミュレーションは,その経費対効果のゆえに,実物を用いた測定に置き換わる方法であった。 しかし,流れの挙動によりデザインが変わるような装置, 例えば航空機においては,実物大での測定を設計段階で行ことは,経済的には不可能になってきている。 例えばアポロ計画からスペースシャトル計画への移行当時, 風洞を用いた手法から計算機を用いた新しい手法へと劇的な切り替えをしたお陰で,現在のNASAが存続しているのである: 実物大のスペースシャトルを何度も作り直して設計に検討を加えるのは経費が嵩むし, またこれが入る超音速風洞を作ったとしても, 風洞を運転するために必要な電力が原子力発電所数基分といった膨大なものなってしまうことが分かっていた。 そしてそれにも関わらずこの様な計画を提案したならば,たちまちおおぼらふき扱いとなり, さらには所属する組織自体の存続すら危うくするのである。 しかし,かといってこれといった打開案も無く,将来目標が設定できないことから組織解体直前の事態にまで陥っていたのである。 これに対して,当時のAmes研究所長の大英断により, 風洞によるシミュレーションの大部分を計算機プログラムとして実現する数値風洞によるものと置き換えることになった。 これならば膨大な予算を計上しなくても,シャトルの設計に各種検討を加えた上での計画逐行が可能なことから, 組織の存続意義と膨大な予算とをかけたスペースシャトル計画を議会で承認してもらうことができたのである。

 1950年代以後の,コンピュータの計算速度と記憶容量のたゆまない向上が,計算機流体力学(CFD)の出現をもたらした。 この流体力学における新しい分野は,現実の流れのシミュレーションを経済的に行える手段となることから, 実験および理論による流体力学を補うものである。 これにより,実験が困難な条件下での理論上の利点を試すための手段が提供されることになる。 これに対して,例えば風洞実験でのレイノルズ数は,一般に,本来の値より1ないし2桁小さく制限されてしまうのである。

 計算機流体力学にはまた,支配方程式の特定項を取り除いた実験が可能という利点もある。 こうすることにより,流体の理論的モデルの試験評価をしたり, 因果関係を逆転したり,理論的展開の新しい方向を模索したりすることができるのだ。




出典は以下に示した本のまえがきからです:
・量子力学歴史読本「量子のさいころ」 L.I.ポノマリョフ著 澤見訳 シュプリンガー・フェアラーク東京
・コンピュータ流体力学 C.A.J.フレッチャー著 澤見訳 シュプリンガー・フェアラーク東京

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